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広島高等裁判所岡山支部 昭和42年(う)132号 判決 1968年2月22日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人裾分正重の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、論旨第一点の一(事実誤認、法令適用の誤り)について

所論は、被告人は原判示鳥井興業部の経営名義人ではあるが、これは単に名目のみに過ぎず、当時事業を統轄支配したこともなければ従業員を指揮監督したこともなく、また、それを被告人に期待することは不可能でもあつたのであるから、原判示の如き入場税の逋脱については被告人には過失すらないのに拘らず、原判決がこれありとしたとすれば事実誤認の違法があり、また、刑責を問うには過失あるを要せずとして入場税法第二八条を適用したとすれば、法令適用の誤りがあり、いずれにしても破棄を免れないとするものである。しかしながら、およそ同法条は、事業主たる人の使用人その他の従業者が、その事業に関し、入場税を逋脱し、または逋脱せんとした行為に対し、事業主としてその従業者の選任監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽さなかつた過失の存在を推定した規定と解すべく、したがつて、事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り、事業主もまた刑責を免れ得ないとの注意(昭和三二年一一月二七日最高裁判所大法廷判決参照)と解すべきものにして、過失ありといわんがためには、もとより事業主に対し前示の如き注意を尽すことを社会通念上期待し得ることを要するものと思料する。そこでこの点に関し本件記録を精査するに、被告人が原判示事業の名義人たることは明白であり、かつ、当時被告人が病弱であつたこともあつて、その事業経営の実権はもつぱら実質的かつ具体的には被告人の実姉である小野金子の掌握するところにして、収益はほとんど同女に帰属し、さらに、同女の指示に基き、被告人の具体的直接的には関知しないところで、被告人の雇傭する従業者たる岩知道増太、三宅邦男らによつて、本件入場税の逋脱がなされた事実は所論のとおり認定できるけれども、被告人において、事業主として右岩知道らの選任監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽したことは勿論、かかる注意を尽すことが被告人にとつて不可能であつたことを認定するに足る証拠はこれを発見し得ないのみならず、かえつて、原判決の挙示引用にかかる証拠を綜合すると、たとえ当時病弱にして、かつ、被告人が前示事業に積極的に介入すると、前示小野との間に多少の摩擦が生ずることは避けられないにせよ、すすんで前示の注意を尽すことを充分被告人に期待し得るにも拘らず被告人はこれを懈怠したものと認められるのみならず、三宅邦男の昭和三四年四月一一日付大蔵事務官に対する質問てん末書の記載(記録第三八四、三八五丁)によると、むしろ事業主たる被告人さえも、当時本件入場税の逋脱を容認していたものと認めることさえ可能である。右認定を左右するに足る証拠は存しない。されば、原判決が前示三宅において被告人の業務に関し入場税法第二五条の違反行為をなしたものと認定して、同条所定の罰金刑を科した点につき、所論の如き違法はなく、論旨は理由がない。

二、論旨第一点の二(証拠評価の誤り、事実誤認)について

所論は、原判決の挙示する手帖二冊(昭和四三年押第一号の一および二)は、被告人に脱税の罪を着せるべく何人かにより作為されたもので、全く証拠価値がないのに拘らずこれを証拠として採用したことは証拠価値の評価を誤つたに他ならず、ひいては、これを基礎として認定した原判示の逋脱額は真実に反するものである。しかしながら、たとえ右手帖二冊が、弁護人が詳述するような経緯ののち収税官吏の発見するところとなつたものと仮定しても、そのことだけで右手帖の証拠価値を否定することはできないうえ、原判決の挙示引用にかかるその余の証拠により認定できる前示三宅において右手帖二冊を記帳するに至つたその動機、記帳の方法等に照してその内容に所論のような作為が施されたとの疑を容れる余地はなく、充分措信できるものと認めることができる。なお、原判示逋脱額は、右手帖二冊その他原判決の挙示引用にかかる証拠を綜合すると優にこれを認定できるので、所論の如き違法はなく、論旨は理由がない。

三、論旨第二点(量刑不当)について

所論は、仮りに被告人が刑責を免れないとしても、前示の如くその名義人たる地位が形式的なものにすぎなかつた現実等に照し、その量刑は著しく重く破棄を免れないとするものである。しかしながら、本件記録にあらわれた本件逋脱にかかる税額、逋脱の方法等の犯情に、被告人の経歴、資産状態等一切の情状を併せ考えると、弁護人が主張するように、本件逋脱にかかる入場税等をその後納付したことその他被告人に有利な諸事情を充分斟酌しても、なお原判決の量刑は相当にして重きに失するものとは認め難く論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条を適用し、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

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